先週のs.schoolはさくらインターネットの田中さんでした。
田中さんは、高専在学中の1996年にさくらインターネットを創業し、2005年に上場させています。
上場企業の経営者ながらも『進撃の巨人ジェネレーター』を作成するなど、今でも現役のプログラマーとしての顔も持たれプログラミングを愛してやまないそうです。
今回は、田中さんに『さくらの起業ヒストリー』というテーマでお話し頂きました。

起業した当時の話

起業したのは今から18年前の1996年、Yahoo!等が始まったインターネットが出始めた頃。
小さい頃から電車の運転士かエンジニアになるのが夢で、運転士になるのは道のりが長かったので、エンジニアを目指すことにし舞鶴高専へ。
創業した時はまだ学生でロボットコンテストに出場していたりものづくりをやっていたが、ソフトウェアが来るのではと漠然と思い始めていた。

最初のきっかけは自分のPCが学校内のネットワークにつながることを知った時。
自分のPCにサーバーを入れ自分のホームページを作って、友達のPCからも見てもらったりした。
その後、94年に学校内LANがインターネットに繋がるようになり、今でも忘れないが、秋葉原のソフマップで自分のサーバーのIPアドレスを打ち、自分のホームページが閲覧できた。
インターネットを経由して世界中から自由に自分のホームページを見てもらえることにとても感動した。
これが感動の源泉で、起業に繋がった。
こういった思いを、理念やミッションとして残すことが、会社を大きく長く続けていくことで重要だと思っている。

作ったサイトが皆に見てもらえるようになってトラフィックが集まるようになってきた。
しかし継続的にコンテンツを提供できなければお客さんのためにならないと、ビジネスにすることを決め、18歳のときに起業した。

ネットバブルでまなんだこと

98年くらいはネットバブルで、すごい勢いでどんな会社にも出資をしますという人が沢山寄ってきた。
立ち上げ当初はお金の使い方について色々学び、どんぶり勘定は絶対にいけないと思った。
お金をどう集めるかよりもどう使うかのほうがよほど大事だ。さくらはインフラを扱う会社でお客様のためにサーバー等を調達してサービスを提供している。
売上が倍々成長していてそれに必要なお金を調達していたわけだが、必要以上のお金は調達しようとはしていなかった。

ところが絶好調であったがネットバブルがはじけ、お客さんの倒産などにより資金がショートしてしまうという事態が発生、従業員に給料を払わなければいけないがお金がないという大変な難局を迎えた。
このときは何とか乗り越えることができたが、抗えない市場の大きな波は5~10年で訪れるものと学んだ。
実際にリーマン・ショックも含めてそういう不況期はやってくるので、それを乗り越える資金繰りを念頭に入れて構えておくべきだ。

バブルを乗り切った時に気付いたことは、自分の強みを良く理解しわきまえるということ。
当時対抗していたのは既存の超大手であったが、そういった会社とまともに戦っても資金力を含めて戦えるわけはないと悟った。
力を入れたのはスタートアップ向けのサービスの専用サーバーで、成長率が極端にあがった。

上場について

最初は最短の2年の短期上場を目指していたが、バブル崩壊や西武の虚偽事件、ヘラクレスのシステムトラブル等外的要因も重なり、実は3回も上手く行かなかった。
その後、なんとかマザーズに上場することができたのだが、この時も別の市場に上場しようとしていたのだが外的要因で止まっていたときにマザーズから打診があったというものだった。
チャンスは必ず訪れるので、常に何があっても万全の準備をしておき、虎視眈々とその機を逃さないことが重要だ。

上場すると色々な誘惑があり、事業の手をどんどん広げてしまった。
海外事業やM&Aを進めたりしたが結果としては全て上手く行かずに債務超過になってしまった。
本来調達したお金をインフラ事業に投資すべきであったが違うことをやってしまっていたのが失敗の原因。
このときも理念やビジョンに立ち返ることで生き延びることができた。

会社のビジョン

本当にやりたいことに会社としてコミットするべきだ。
かつてさくらも当時受託をやって売上があがった時期があり、その売上を伸ばすための投資をするかどうかに迷ったときがあった。
しかし、受託仕事をやるためにさくらに来たわけではないと当時の社員に言われてしまい、その誘惑に流されなかった。
この経験からさくらでは3つのやらないことを決めていて、それは受託、人材派遣、お客様にカスタマイズしたシステムの物販。
会社の理念、初心を忘れずにおくことが非常に大事である。

一方でビジョンや理念は変わらないが、ビジネスモデルや自社の強みは時代によって変えていく必要がある。
さくらの初期のビジネスモデルは、サーバーを立てて領域を貸すというモデル。
それがデータセンターの床を貸すという賃料型になり、クラウドが流行ってからは、初期費用がかからず使った分だけ支払うという従量課金制モデル。
設立当初の自分の強みは、自分でサーバーを立て保守運用ができることだったが、誰でも自分で運用保守が出来ることが強みになり、AWSが出てきてそれも変わっている。
これに関連してであるがマーケティングと言う言葉を市場調査と皆勘違いしているが、実際にはマーケットを作ることである。
専用サーバーの事業がメインのとき1/10の低価格のVPSの事業を立ち上げたが、専用サーバーがみるみるクラウドに食われていく一方で、低価格のVPS事業は伸びていった。
平準化していない所で自分たちの地位を如何に確立していくかが重要。

経営者が考えるべきこと

役割分担とミッションをはっきりしない役員の関係性は責任を追求できなくなるので組織としてはまずく、ある程度厳格化して定めることが重要だ。
トップの大事な仕事は決断することなので、語弊はあるが社長はある意味偉そうに振る舞う必要がある。
ワンマンにはなりたくはないと思っているが、最大公約数的な答えを作ることは避け、会社にとって一番良い決断をするべきだ。
横並びで議論して、合議でまとめそうなときに、きちんと定めた方向に向かった意見を社長が出さないといけない。
威張り散らすことではなく、リーダーシップをとらないといけない。

経営者が考えることで重要なのは人・モノ・金という経営資源と何を優先すべきことはなにかという2点。
経験で感じるのは人の重要さで、人がしっかり対応できるかどうか。
モノに関してはケチるべきではなく、人のリソースに対して制約をかけないようにするべき。
とはいえ、身の丈にあったお金の使い方は大切で、できるだけお金を流出しないようにするべきだ。


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